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2020年の気づき

  • 執筆者の写真: 駿也 東海林
    駿也 東海林
  • 2021年1月3日
  • 読了時間: 2分

2020年、それこそ本当に年の暮れになっての気づきでしたが


自分のこれまでの生き方がどういったものだったのかを


これまでの社会人生活を振り返って思ったことがありました。


それは自分自身が本当にやりたいと心が思う方向へ


行動を全く取れていなかったということ。


やるべき論がかなり先行しており、


これまで


そこまでやりたいと思っていなかったことに


対して行動を興し続けていた。


それをずっとやっていても


学生時代のような心が躍るような


感情は湧いてこないし


発見や気づきもない。


むしろちょっとした鬱状態のまま


これまで行動をし続けていた。


そんな状態を続けていれば


自分が何をしたいのかという感情に


なかなか気づけないし


いろんな所で自分自身に嘘をついていた。



そこに自分の人生のヴィジョンはないし


SNSなどで何かの目標に向かって頑張っている人の


投稿を見ると羨ましさがあった。



ここに気付くまでに随分と遠回りをしてしまったが


自己嫌悪に陥るわけではない。


おそらくまたあの過去に戻ったところで


何かしらの形で同じ過ちを繰り返しているはずだから


今の自分にとっては必要な時間だったのかもしれない。



本当はそこまでやりたくないことでも


「断りづらいから」だとかで自分の意見を発信しない。


本当にやりたいことではないのに。


「断りづらいから」という生き方はもう辞めよう。


生き方がかっこいい人とそうでない人の違いって


自分の心に素直に生きているかどうかだと思う。


そう考えると自分は人並み以上に自分の心に素直になっていなかった。


別に生き方に正解不正解はないわけだし


間違った選択ってのはない。


自分の選んだ選択肢を正解にするかどうかの話だと思う。


だからたとえその人がどのような選択をしようとも


それに甲乙をつけることはできない。


その人が本当にやりたいという意志の元の行動であればむしろ称賛に値する。


(その人が楽しそうにしている行動か否かという着眼点で言えばそれに対して甲乙つけることができる)


2021年の1つの目標としては自分の心の赴くままの


選択を大事にすること


「自分を信じること」を大切にしていきたい。

 
 
 

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